どんなに能力があったとしても、思慮の浅そうな表現をしてしまえば、社会人としてのレベルを低く見積もられてしまう。
特に第一印象において、その人の言葉遣いはかなり大きな要素です。いわば仕事の力量以前に、言葉の理解力や語彙力によって、ある程度の評価が決まってしまうということもあるのです。
語彙力が欠けているというだけで評価を下げ、つまずいたり、軽く扱われてしまうのは大変もったいないことですよね。
◆的を射る
「的を射る」という本来の言い方を、「的を得る」と間違えている人は少なくありません。
「的」は、弓道で使われるもの。そして、本来であれば的は「矢」で射るものであるはずです。なのに「得る」、すなわち「的」ごと手に入れてしまったのでは、矢を射ようにも射ることさえできなくなってしまうわけです。
ちなみに「的を射る」ときには当然ながら的の真ん中を狙うわけですが、矢が真ん中を射た状態を表したのが「中」という漢字。「中」を反時計回りにしてみると、矢が的の真ん中に当たって貫いて射ることがわかります。「中」という漢字に「あたる」という読み方があるのは、こうしたことによるというのです。
「中」は、「中庸」という言葉で説明される徳目。漢文では「過不足ないこと」が「中庸」であるとされますが、「過ぎてもダメ、足りなくてもダメ、すべてにおいてちょうどいい状態」を表すのだそうです。これは、もっとも難しいこと。
「的を射る」を、別の言葉で言えば「中庸」と言えるでしょう。「的確に要点を捉える」というのがこの言葉の意味ですが、「的確」であるためには、的の中心を射るように、狙いを定める必要があります。
そして、そのためには心を落ち着けなければなりません。
心を落ち着け、いま使おうとしている言葉も、一度「これで正しいのかな」と考えると、「的を得る」という間違った言葉も使わなくてすむようになるかもしれない。
◆言葉を濁す
「言葉を濁す」については、最近では、こういう表現を使うよりも「ごまかした」というような言い方をされることのほうが多いとですよね。しかし「ごまかす」は表現としても幼稚であり、いい言葉だとはいえないはず。ちなみに「ごまかす」を「誤魔化す」と書くことがありますが、これは当て字で、「ごまかす」は倭言葉のひとつなのだとか。
さて、「言葉を濁す」ですが、これは、都合が悪いことを「あいまいにいう」あるいは「はっきりいわない」ということを意味するもの。ところがおもしろいことに、明治時代以前の語彙には、こういう表現がひとつもないのだといいます。古代の日本人は、こういう場合「言葉を濁す」よりも、黙って口を閉じてしまっていたのでしょうか。
「言葉を濁す」という言葉は、別な言い方をすると言葉を「ぼやかしてしまう」ということになります。
はっきりきれいに発音すべき事柄を”もごもご、まごまご”と口の中で言葉を呑みこむような言い方をしてしまう。それで、いつのまにか「口を濁す」というような表現が使われるようになったのです。
正しくは「言葉を濁す」だと知っておいて損はないはずです。
◆溜飲を下げる
ご存知のとおり、「溜飲を下げる」とは、「胸をスッキリさせる」「不平・不満を解消して気を晴らす」という意味の言葉。なお「溜飲」とは、本来は「胃の消化作用が不調となり、酸性のおくび(げっぷ)が出ること」をいうのだそうです。「酸性のおくび」といわれても、いまひとつピンときませんが。
「溜飲」という言葉は、江戸時代の中ごろ、1800年ごろから流行りはじめたといいますが、わかるようなわからないような、なんとなくかっこいい雰囲気の言葉として使われていたのだそうです。そして「酸性のおくび」である「溜飲」は、「胃が痛くなってしまいそうな心配事、不平、不満、恨み」を表すのだとか。現代の言葉でいえば、「神経性胃炎」がもっとも適当かと思われます。
たとえば、テレビドラマなどで、憎らしい悪い奴がとうとう尻尾を出して、みんなから顰蹙(ひんしゅく)を買い、警察に捕まる、というような場面を想像してみてください。
清々した気持ちになったときに、「溜飲が下がった」というような使い方をします。
ただし「清々する」という言葉は、「気が晴れた」といういいかたも可能だといいます。
悪い奴がいることで、話が暗い方向に進んでいる。しかし、その悪い奴が警察に捕まって悪事がすべて暴かれる。まるで、先ほどまで垂れ込めていた暗雲が晴れ、青空が広がるような気がしてくる──。
そんなとき、本来なら「溜飲という、げっぷを出す嫌な胃酸が胃のなかに降りていって治ってくれる」という意味で「溜飲が下がる」と表現するわけです。ところが「溜飲が晴れる」といういいかたをする人も出てきたというのです。
このように、とても実用的な内容。語彙については「なかなか人に聞けない」という部分もあるだけに、なかなか難しいのですが、ちょっと調べてみると、いまさらながらなかなか楽しいものです。
愉しんで、語彙力を上げてみたら、案外仕事がうまく行くこともあるかもしれませんね。